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3話 水面に揺れるホテイアオイ

作者: hoshくろ
last update 最終更新日: 2025-12-04 20:41:08

「はぁ、もう終わると思ってたのに...仁さんなんでーー」

 愚痴をこぼすゆかりは、やはりもう仕事などできそうになかった。

『二人はもう上がっていいよ、後は一人でやるから』

 最後の一人くらいはなんて事なく一人で対処できる。

「いいっすよ?そんな優しさいらないですよ、最後まで一緒にやりましょう」

『ゆかりはもう仕事する気が無いからあげちゃうね』

「あいつあーなったらダメなんで笑いいっすよ」

 隼人は責任感が強くいつも助けてくれる。

『お飲み物はお決まりですか?』

「ビールありますか?」

『ギネスにハイネケンの瓶になります』

「うーーん、じゃーギネスでお願いします」

『かしこまりました』

『お待たせしました』

 こくりと頷き、小さな声でいただきますと聞こえた気がした。

 片手でしっかりと持ち、もう片手を添えて飲む姿が異様に上品で、思わず見惚れた。

「ふー、すみませんオススメはなんですか?」

 ビールを一口飲むとすぐに聞いてきた。

 見惚れて居たのがバレたので無いかと、動揺したが、自分に限ってそんな訳がない。

『すみません、明日が休みでして、あまり材料が残ってなくてですね...お一人様なので、もしよろしければこちらで少量ずつ取り繕って提供させていただいてもよろしいですか?』

「えっ!?すみません、そんなタイミングで申し訳ないです...それでお願いしてもいいですか...?」

『いいえ、こちらこそ申し訳ございません...何か苦手な物や好きな物ありますか?』

「いいえ、苦手な物は無いです!なんでも食べます!好きな物も特に無いですけど、強いて言えばクリーム系が食べたい気分です」

『申し訳ございません、クリームソースは今日完売でして...最善を尽くします』

「あっ、いいえ!本当になんでもいただきます!」

 少し気まずい空気が流れ、表情や声色から焦りと申し訳ない感情が苦しいくらい伝わってくる。

『すぐ準備します』

 そう言って作業に取り掛かる。

『お待たせしました』

 ミネストローネ

 トマトとモッツァレラの簡易的なサラダ

 トリッパのトマト煮に

 1枚のバケット

 蛸と鯛のカルパッチョ

 少しずつ小皿に丁寧に盛り付け出す。

「えっ美味しそう...ありがとございます!いただきます」

 申し訳ない感情や不安は少し取り除かれていた。

 一口一口を丁寧に運ぶ度に表情も変わり、驚いたり美味しそだったり、その所作一つ一つや表情の変化を目で追ってしまう。

『この後に、ジェノベーゼのパスタをお持ちします、食後にデザートとエスプレッソも是非』

 心を隠すためのいつも通りの笑顔と声のトーンで、いつも通りに出来ている。

「贅沢だな...」

 ぼそっと呟いたその言葉は聞こえないようにして、笑顔で答える。

 賄いを待って居たゆかりが近づいてきては、少し不満そうに

「仁さんこれって常連さん達が一人で来た時に特別にしてあげるサービスじゃないんですか?」

『ん?あー確かに...気分かな?』

「でた、仁さんの気分で優しくするやつ!」

『これは優しいとかじゃ無いでしょ?せっかくこの時間に来てくれたんだ、きっとまた来てくれるさ、そのためだよ』

 なんでもかんでも<優しい>と一括りにされても困る。

「はいはい、別に?仁さんが良ければそれでもいいんですけどね!賄いまだですか!?」

『ちゃんと出来てるよ、プッタネスカ少し辛くしといたから許して?好きでしょ?ワインは開いてるの飲んじゃっていいよ、後最後にティラミスも食べな』

「やったー!!流石!」

「あいつやっぱり単純なんすね」

 見ていた隼人が少し馬鹿にしていた。

 ゆかりは満足そうに二人を待つわけもなく食べ始めた。

「兄さん後はそこの席の洗い物だけなんで、僕も先にいただきますね」

『隼人いつもありがと、助かってるよ』

「良いんすよいつも兄さんに面倒見てもらってますし」

 特別に可愛がっているつもりは無いのだけれどな。

 ジェノベーゼパスタを出すと同時に

『お酒はお好きですか?せっかく来てくださったの、適当で申し訳ない...こちらサービスです飲んでください』

 一杯の白ワインをサービスで出した。

「えーーそんなそんな!ダメですよ!いやっ嬉しいですけど、なんていうか申し訳なくて...」

『お気になさらず』

「では、お言葉にあまえて、いただきます」

 少しの戸惑いは感じたが、また来てくれたらいいなと何故か思った自分が居た。

「美味しいです、このワイン」

『よかったです』

 素直にその言葉のまま受け取り、嬉しい気持ちになった。

 ペロリと食べ終わり、デザートとエスプレッソも急ぐように食べ終えた。

「すいませんこんな時間に来たのに、良くしていただいて...お会計お願いします。」

『いいえ、是非またいらしてください。3000円になります。』

「えっ?安いですよね...?」

『大丈夫ですよ』

「えっと...わかりました...ありがとございます!ご馳走様でした」

『ありがとございました、そろそろ時期なので次回は、キノコを使ったクリームのパスタを準備しておきます』

「楽しみにしてます、本当に美味しかったです!」

 深々と頭を下げ、店を出ていった。

 上品と子供っぽさが入り混じる何処か不思議な印象の人だった。

「兄さんも食べましょうよ」

「仁さんティラミスとってー」

『うんいただくよ、ワインはまだある?』

「ありますよ」

『わかった、ティラミスはゆかりのが近いんだから自分でとりなよ』

 パスタとグラスと渋々ティラミスも持っていく。

『いただきます、今日も二人とお疲れ様』

 乾杯と共に一日の疲れが押し寄せた。

 何気ない普段の会話、今日何したとか、大学での話、演技の話

 映画やドラマにアニメの話。

 平穏で平凡な毎日すぎる。

「あの人初めてでしたよね?」

 ゆかり急に変な話を始めた。

『そうだねー見た事ないね』

「なんか仁さん楽しそうだったよ?」

「確かに」

 ゆかりのこういう所が少し間に障る、

 隼人も何故か便乗してきた。

『そうかな?特別なんか変わった事したつもりは無いのだけれど』

「最後になんでキノコのクリームパスタ準備するとかいったの?」

『そんな珍しいか?二人にも何食べたいか良く聞いてるし、他のお客さんにも言ってるよ?』

「そういう意味じゃなくてーー」

『よく分からないよ』

「兄さんの気分だろ?」

「素直にまた会いたいって言えばいいのにー

 まぁいっかー、仁さんのティラミスも食べて良い?」

『ダメって言う訳ないでしょ?食べな』

 何か少し勘づかれたのかも知れない動揺をうまく隠さなければならなかった。

 自分の想いを伝えるのは悪だ、一時の少しの感情に揺さぶられる事はもう無くなってきた。

 いつもと同じ、いつも通りに、何も変わらず協調性そのものの様に立ち振る舞えばいい。

「仁さんって優しいですよね?」

「優しくないときあった?」

 隼人もゆかりも今日に限ってそんな事を言う。

 <優しい>?自分が?

 毎度の如くその言葉は自分にとっては

 何の意味もない言葉でしかなかった。

 一つ言えるのは、<優しい>を出来てるだけなのだ。

『そんな事ないよ、オレは何にも無いどこにでもいる普通のただの人間の一人だよ』

 何とか冷静に言葉を並べた。

「えー優しいよー、何でもダメって言わないし、怒る事とないですよね?いつも変わらずに毎日笑ってるし」

『怒らないのも無駄だから怒らないだけ、笑ってるのも別に意識して笑ってる訳じゃないよ、それがオレの普通なの、別に<優しい>訳じゃないよ』

「いつも面倒見てくれて、色んな相談も乗ってくれて助かってます」

『そう思ってくれてるならよかったよ』

「うまく行かない事があると、仁さんに相談したらわかりやすく教えてくれるし、落ち着くし」

『何をいってるの?それくらい普通の事だよ、オレ以外の人もきっとそうしてるはずだよ』

「仁さんと付き合ったら、楽しそうだなーって思うんだけどな、変な意味はないから」

『オレは別にゆかりと付き合っても楽しくないよ』

「兄さんそれ面白すぎる」

「それはそれでムカつく」

 笑いながらその場を凌いだ、今まで上手に隠せてた何かを感じ取られた気がし、不安を隠す様にタバコに火を着ける。

 こう言うのは勘付かれないように、人前では出さない様に上手にして居たつもりなのに。

『今日はもう帰ろうか、二人ともいつもありがとう明日はゆっくり休んでね』

「ご馳走でした」

「はーい、ごちそうさまー」

 片付けも終え帰路に着く

 いつもと変わらない道が

 いつもと変わらない速度が

 それなりの人生のレールが

 今日はどこか違う様に感じた

 何が変わる音がした気がした

 気がしただけのはずだったのに

 過去も忘れるくらいに、変わらないで居る自分と、くだらない過去の呪縛を破り、花凛の事を知りたいと言う想いの間で揺れる想いは

 宛ら水面に揺れるホテアオイ様だった。

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